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社員育成、人材育成は「見る場所のイメージ」で決まる

社員育成、人材育成にはさまざまな問題がでてきますよね。

できない社員と思いたくなりますし、もっと矯正したいと思いたくなります。

が、なかなか解決しないとしたら、目の前のひとをどうにかするのではなく、底を見つめるというイメージがブレークスルーとなります。

目次

育成とは見る場所の問題

組織にはさまざまな個性がありますよね。
にぎやかな人もいれば、おとなしい人もいますし、話し好きなひともいればじっくり聴くのが好きなひともいます。
なんでもやっていく人もいれば、ひとつのことにじっくり取り組む人もいます。
世代間でも違いますし、性別でも違ってきます。価値観も違います。

社員育成や人材育成は、そんな目の前の社員に対して、組織としての目標像に叶うように手を施すことです。
本来千差万別の社員たちに対して、同じ目標像へと対策を施すのですから、大変な仕事です。

そんな社員育成ですが、わたしもコンサルティングや研修を通してお手伝いをしているわけですが、上手に社員たちが育ちながら一員意識としてもまとまっている会社と、育成に苦労しつつそれほど会社へのコミットメントが感じられない会社とでは、見ている場所に違いがあることを感じます。

社員育成や人材育成とは、「見る場所」の問題なのです。

育成がうまくいかない根本原因「操作主義」

育成といえば、目の前の社員に対して何か施策をほどこして、考え方やスキルに変化を起こすことと思われています。

育てる人と、育てられる人が向かい合っているイメージです。
育てる人から育てられる人に→が伸びている。
それによって、育てられる人に変化が生じます。

一対一だけでなく、一体多でもおなじ構造です。
育てる側から、たくさんの矢印が育てられる側に伸びています。
講義や研修などはそんな方法ですね。

その中でこの矢印にあたるものが、たとえば指導法や育成法のような、さまざまな育成手法であり、この矢印をより改善したり改良したりして、効果を上げようとするわけです。

一般的な人材育成のイメージですよね。
でも「このイメージを持っている」という、そのこと自体が、育成がうまくいかない根本原因なのです。

このイメージの大前提は、「人が人を操作する」ものです。
育てる側が正しいと思っているように、育てられる側を変化させるという構造があります。

育てる側はよかれとおもっていることを伝え行動させようとしているのですが、構造自体は変わりません。どんなに高尚なコンテンツであっても同じです。

うまく進んでいるときは意識されないのですが、このような操作主義のイメージをもったまま育成をしてしまうと、目の前の育てられる側-社員たちが思った通りに育たないときに、怒りや軋轢を生んでしまうのです。

「人が人を操作する」という操作主義の目標は、うまく操作できること、つまり「いうことをきく」です。
だから、そうならないときに、育てる側にも育てられる側にもつよい不満やストレスを生んでしまい、力関係でどうにかするしかなくなってしまいます。

もちろん育てる側は一生懸命な情熱でやっているのですが、指導法や育成方法などの矢印にばかり目が向いているとしたら、「操作主義の構造」にはまっていると言えます。

実は、人が育つ育成をしている人は、見ている場所が違うのです。

ひとが自然にかつぐんぐん育つ「本来主義」

社員育成、人材育成がうまくいくひとは、とくに自然体でリラックスして接しながらもうまくいっているひとは、育成に対してもっているイメージが違います。

「育てる側から育てられる側に矢印伸びている」というイメージではなく、「育てる側も育てられる側も底でつながっている」というイメージを持っているのです。

「本来つながっている部分があり、そのつながっている部分につれていくだけだ。そうすれば、育てられる側も本来の姿にみずからなっていくのだ。」

そんなイメージを「本来主義」とよびましょう。

目に見えるものとしては、同じように、目の前の社員に対して指導法や育成法をしているカタチは変わりません。
その場合、「操作主義的イメージ」は育てる側と育てられ側が立つおなじ平面上しかみていないですが、底でつながる「本来主義」のイメージの場合、両者が立つ平面をより立体的に、奥底でつながっている場所まで見渡しているのです。

「本来主義」の大前提は、「信頼」です。
「本来主義」は底でつながっているという信頼があるので、目の前の一挙一動にはさほど拘泥しません。「操作しよう」という前提がないため、社員の成長をすなおに信じ、待ち、よろこぶことができます。

育てられる側も「操作されている」という意識がなく、他者の問題ではなく「自分自身の本来」の問題ととらえるため、自分で気づき成長していくようになるのです。

信頼の場

「ひとは本来いい仕事をしたいのだ」

そんな大前提の地点で相手を見ており、その本来の思いを思い出させるだけでいいと知っているので、接し方が自然体になり、また安心感を与えるものにもなります。

育成というものは矢印関係としては見てはおらず、同じ平面とそれを支える土台として見ていますので、「場」というものを大切にします。

違った個性同士が、それぞれに「本来いい仕事がしたい」という本来の思いを共有できる「場」。その「場」づくりができれば、仕事は8割終わったようなものです。
あとは育てる側も育てられる側同士も、お互いにつながり合い、切磋琢磨や気づき合いをして成長していきます。

「信頼」の場は、操作主義ではどうにもなりません。
「本来、つながっている」という地点を見つめて、共有して、できていくものです。

大前提を意識する

抽象的な話に聞こえますが、こんなに具体的な方法論はないくらいです。

たとえば、
先生が学生を育てるとき、勉強方法や生活指導ばかりに向ける先生がいいでしょうか?

それとも、学生は本来できるのだ、可能性をもっているのだと信じ切り、勉強や生活の在り方を教えながら、みずから気づくような場をつくっていく先生がいいでしょうか。

パッと見やっていることはどちらも同じに見えますが、教室に入った時の雰囲気が違うことが簡単に創造できますよね。

人間は情報を受け取る時、言語情報からは7%しかなく、非言語情報から93%も受け取っています。(メラビアンの法則)。

非言語情報とは、大前提の部分で人がもっている思いや感情が、姿勢や表情や声のトーンなど言語ではない部分に現れたもの。同じ言葉、同じ指導法をしていても、その質や結果に差が出てしまうのは、大前提としてどの地点を見ていてどんな思いをもっているかが、表に現れてくるからなのですね。
育成側もそれを無意識レベルで、非言語として感じ取っているのです。

育てる側のわたしたちとしては、育成問題につまったら、育成方法より前に自分自身の大前提を見つめ直しましょう。

・自分はなぜ、この指導法、育成方法しているのか。
・それは、相手を思うように変えたいと思っているからか、相手の本来を信頼しているからか。
・自分はどんな大前提で社員に接しているのか。

大前提というものは、考えるための背景ですので、意識しないとなかなか気づかないものです。

どんな方法を試しても問題がなかなか解決しないときは、大前提が違っているかも、というシグナルですので、そんなときこそ「チャンス!」と思って、大前提にまで意識を向けてみてくださいね。

底でつながるイメージをもつ

ぜひ、このブログの「底でつながるイメージ」を持ってみてください。
同じ育成方法をやっていても、質が変わってくるのが自分でも実感でき、社員たちの反応も違ってくることに気づくはずです。

もう「操作主義」的なイメージは、思い切って捨ててしまいましょう。

「本来主義」イメージが、人や組織をひとつにし、その本来の可能性や創造性を引き出していきます。

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P.S

人材育成、組織活性化トピックを
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執筆者紹介

オフィスオントロジー
代表 友成治由
本質価値/組織活性化コンサルタント
ベンチャーから上場実現企業でのトップコンサルティング営業から意欲心理学をベースとした組織活性化・人材育成へ。
本質価値意識による本質価値思考、価値創造、モチベーションアップで人材育成や会社業績向上を支援。
ほんらいの力を発揮できるように、なじみやすく、わかりやすく、勇気を出せるように。
宮崎県出身。今もなまりはとれない。

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