組織が停滞しているとき、本当に止まっているもの

組織の停滞からイキイキとした発展のための新しい観点。
でももっとも原点であり大切な観点とは?
一緒に考えてみませんか?
目次
自分の組織に違和感を覚える・・・

どうしてだろう。
どうして、こんなに組織がどんよりしていると感じるのだろう。
あからさまな停滞ならば、そこにいる皆が把握しやすい。
でも、何か言葉にしづらい違和感。
一見すると、それなりに進んでいるようでも、その現場にいる経営者はそう感じられてしょうがない。
業績もじりじりと落ちてくる兆しが見える気がする。
社員たちにも頑張ってはいても、何かいつ心が途切れるかわからない不安もある。
一見うまくいっているようでも、先が見えない。
真摯な経営者または一部の社員は、そんな「澱み(よどみ)」を感じます。
かりに業務は回せていても、一向に前に進んでいない感覚です。
組織が停滞している時、わたしたちは通常何かしらの問題が起こると、解決へと向かいます。
社員のやる気が落ちていれば、コミュニケーションを変えたり、報奨制度を作ったり。
業績が落ちていれば、市場を分析し、マーケティングや営業を見直したり。
もちろん、それで解決することもよくあることは事実です。
むしろ普通は、組織や仕事とは、そんな問題解決の繰り返しです。
しかし、同じような問題が、また現れてきたら。
目に見える形は変わっても、なんどもなんども現れてきたとしたら。
「またか」そのたびに、同じような心労を抱え、取り去られることがない。
そんなとき、組織が停滞している、その本当に止まっているものを見過ごしているのかもしれません。
そもそも組織とは何か?

そもそも組織とは何か?
それは
「意識的に調整された2人またはそれ以上の人々の活動や諸力のシステム」
(チェスター・バーナード)
とされています
2人以上の人々が、何かしらを意識的に目指して、活動や力を組み合わせている総体。
誰かしら社員がいて、何かしらを目標にして、日々それぞれが役割をもって仕事をしております。
何かしらを意識的に目指して、ですので、個人が集まっただけでは組織ではないのですね。
たとえば広場に人が集まっただけの状態は組織ではありません。
何かしらの目的や目標を叶えるために、ひとりひとりが役割をもって、他の人と成果やコミュニケーションをつなげ合いながら活動している。
それを組織といいます。
言われてみればその通りですし、いまさらと思われる人もいるかもしれません。
でもわたしは、物事が複雑なときほど、シンプルなものに戻った方がいいと考えています。
このシンプルな組織の定義の中に、組織が停滞しつづけるのか、また力強く発展するのか。
その鍵が隠されています。
つまり、組織とは
「全体のつながり(システム)」であるということです。
しかも、
「意識的に調整された、全体のつながり」
が大切な観点であると考えます。
では、全体のつながりとは何か?

その全体のつながり。
よくイメージされるのはクモの糸のような、そんな固定されたつながりイメージです。
でも組織は、ただじっと静的につながっているものではありませんよね。
むしろ、成果や言葉や価値や権限や想いなどがつねに行き交っている、動的な(ダイナミズムのある)全体のつながりなのです。
本当にイキイキとしている組織には、まるで清流のように澄んだ流れがあります。
成果や言葉や価値や権限や想いなどが澱みなくつながり、流れているとき、そこにいる人たちは本当にイキイキとしています。ひとりひとりが能力や創造性を発揮しながらも、お互いに協働しあって、さらによいものを生み出し続けている。
清流が大河となり海(目指す目的)へと注ぐように、澱みのない、ひとつのおおきな流れがあります。
社員のやる気や離職、採用の問題、業績の低迷状態など、目に見える問題はいくつも出てきます。それらにはひとつひとつ対処していかないといけないでしょう。
とはいえ、すくなくとも経営者やリーダーとして、見つめないといけないところは、全体のつながりとしての組織に「澄んだ流れがあるかどうか」という地点ではないでしょうか。
別の言葉で言い換えれば、わたしたちが問わないといけないところは
「社員にやる気を出させるためにどうすればいいのか?」から
「社員にやる気が湧いて出てくる流れとは何か?」
であり、
「業績の低迷打破のための打ち手は何か?」から
「業績が上向いていくような流れは何か?」
ではないでしょうか。
澄んでいる川は流れている、と言います。
イメージ的に言います。
(というよりも、イメージで理解した方がいいです。)
深く澱んだ池から目に見える澱みを、ひとすくいひとすくい、お玉ですくって終わらない作業をし続けるのか。
それとも、そこにダイナミズムの美しい流れを通して澄ませていくのか。
「流れとしての全体のつながり」と組織を捉える。
従来の問題解決的な対処法とはわたしたちの観方も思考も判断も異なっていきます。
すると、これまで見えていたものも違って見えてきます。
コミュニケーションの重要性、心理的安全性、役割、価値の明確化、などなど、組織にとって重要だと言われていることは、すべて「澄んだ流れを通す」ためのものだ、と。
わたしたちがいま問われていること

組織の停滞を、何か言葉にしづらい違和感として感じている時。
言葉にしづらいのは、もっともです。
個々バラバラの目に見える問題を感じているのではなく、「流れ」という全体のつながりの澱みを、いわばあなたの感性全体で感じていたのだと言えるからです。
そういった意味で
この「流れ」の地点への観点は、単に思考的なことだけではなく、思考も含めた身体全体、感性全体が問われるとも言えます。
なにより組織の問題を
「目に見える個々バラバラの問題」の地点から捉えるか、
「流れとしての全体のつながり」の地点から捉えるか。
いまわたしたちに問われているのは、本当は私たちはどこから何を観ないといけないのか。
ただ目に入るものを見るのではなく、
その奥で何が止まり、何が流れようとしているのかを観る。
その観点こそが、いま経営者やリーダーに問われているのではないでしょうか。
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