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なぜか急速に良く変わっていく組織が持つ「前提の力」

もっと会社をよくしたい、
組織をチームを社員達をよくしたい。

多くの経営者やリーダーは、真摯に悩み、一生懸命に取り組んでいます。

しかし

なぜか全然変わらない、良くならないし、かえって悪化している組織もあれば、
なぜか、時にはするすると、どんどん良く変わっていく組織があります。

その違いは何なのでしょうか?

今日のテーマは、普段は意識されないけれども、もっとも重要なテーマではないか。
わたし自身が現場で支援してきた多くの経験も踏まえ、いま切実に実感しています。

目次

一生懸命に組織の問題に取り組むのに、益々雰囲気が重くなっていく…

一生懸命、会社をよくしようとしている。
会議も増やした。制度も見直した。研修も行った。
社員やメンバーにも、何度も問題意識を伝えている。

それなのに、なぜか組織が変わらない。
変わらないだけではなく、問題を解決しようと頑張れば頑張るほど、社員たちの表情が暗くなり、会議では発言が減り、職場の空気まで重くなっていく。
以前よりも、問題ばかりが目につくようになってしまう。

そんなことはないでしょうか。

一方で、問題が起こっても、なぜかそこからどんどん良くなっていく組織があります。

失敗が起これば、そこから新しい知恵が生まれる。
お客様から厳しい声をいただけば、商品やサービスを見直し、以前よりも喜ばれるものへ変えていく。
社員同士の意見がぶつかれば、お互いが本当に大切にしていることを知る機会になり、かえって関係が深くなる。

同じように問題が起きているのに、片方は問題が問題を呼び、もう片方は問題をきっかけに成長していく。

この違いは、能力の差だけでも、優れた経営手法を知っているかどうかだけでもありません。
もっと根底に、組織の行く末を大きく分けているものがあります。

その違いとはいったい何なのでしょうか?

この違いは、普段ほとんどの方は意識していないかと思います。
しかし、実はもっともわたしたちに影響を与えていることだと言っても過言ではない。

長年の取り組みから、いま、わたしはそう感じています。

実はこんなふうに組織は益々「悪く」なっていませんか?

たとえば、社員が大きな失敗をしたとします。
そんなとき、あなたはどんな風に考えるでしょうか?

「失敗は悪いことだ」
「こんな失敗をする社員は問題だ」
「二度と起こらないようにしなければならない」

一般的には多くの方はこのように取り組み、何かしら対策をうったりしています。
一見すると、ふつうであり、当たり前でもあります。
しかし、実はここに「大きな落とし穴」があるのです。

実はこの考え方、より実感として言えば、このような物事の「観方」では、未来が良くならないからなのです。

リーダーの意識は、失敗をした人の欠点、能力不足、注意不足へ向かいます。
会話は原因追及や叱責が中心になり、
仕組みは監視と禁止が増えていくでしょう。

もちろん、再発防止は必要です。
しかし、失敗を「悪」としてだけ観ると、社員たちは失敗そのものよりも、「失敗したときに責められること」を怖れるようになります。

すると、失敗を報告しなくなる。
新しい挑戦を避ける。
上司に怒られない範囲の仕事しかしなくなる。
自分で考えるよりも、指示を待つようになる。

失敗をなくそうとした結果、問題を隠し、挑戦せず、考えない組織ができていくのです。

離職の問題でも同じです。
「社員が辞めるのは悪いことだ」とだけ捉えれば、辞めようとする社員を引き止める方法や、待遇を変える方法ばかりに意識が向かいます。

けれども、その離職が、
会社の目指す方向が見えなくなっていることを知らせているのかもしれない。
リーダーと社員との心が離れていることを教えてくれているのかもしれない。
一人一人の力を活かせない仕事のあり方を、見直す機会なのかもしれない。

問題を悪いものとして排除しようとすると、問題が本当に伝えようとしていることが見えなくなります。

目に見える現象だけを取り去っても、そこにある本当のテーマに向き合っていなければ、同じ問題は形を変えて、何度も何度も現れます。

離職を止めても、今度は意欲が失われる。
ミスを減らしても、挑戦がなくなる。
対立を抑えても、本音が消える。
売上をつくっても、社員が疲弊する。

一つを解決したはずなのに、別の場所から新しい問題が現れてくる。
問題を解決しているようで、実は、問題の周りをぐるぐる回り続けているのですね。

組織の未来も問題も、根本的に左右していることとは?

良くかわっていくの、悪く変わっていくのも、目の前で起こることを、どのような「前提」で観ているかによって左右されています。

どんどん良く変わっていく組織のリーダーやメンバーは、良い出来事だけではなく、問題も含めて「すべてよいこと」という前提に立っています。

反対に、頑張っているのに変わらない、
むしろますます悪くなっていく組織では、良い出来事はよいこと、問題は悪いこと、つまり「問題は問題」という前提に立っています。

極端な話に聞こえるかもしれません。

でも実は、問題を「問題として観る」。

この前提そのものが、組織の未来を左右する、普段は意識されないけれども何よりも大きな問題となって横たわっているのです。

問題が起こったら、問題として認識し、原因を調べ、対策を打つ。
これはあたりまえのことですよね。

売上が落ちたら、売上を上げる方法を考える。
社員の離職が増えたら、離職を減らす施策を考える。
ミスが起きたら、ミスを防止する仕組みをつくる。
人間関係が悪くなったら、コミュニケーションを改善する。


経営やマネジメントは、ある意味では問題解決の連続です。

ですから、「問題を問題として観てはいけない」。
そう言われると、現実を見ない理想論のように感じる人もいるでしょう。

しかし、ここで考えたいのは、問題に対処するかどうかではありません。

問題に対処する以前に、わたしたちの心や思考が、どの地点に立っているかなのです。

どんな前提で、何を目指すのか?

組織がなかなか変わらないとき、わたしたちは、まず「やり方」に原因を求めます。

もっとよい会議法はないか。
もっと効果的な評価制度はないか。
社員のやる気を引き出す言葉はないか。
心理的安全性を高める施策はないか。
新しい組織開発の手法を取り入れた方がよいのではないか。

もちろん、やり方や施策は大切です。
わたし自身も、研修やコンサルティングの中で、コミュニケーション法、問題解決法、チームづくり、リーダーシップなど、さまざまな方法をお伝えしています。
具体的に何かを変えるためには、具体的な行動や仕組みが必要です。

ただし、どれほど優れた手法であっても、その手法を使う人が、どのような前提に立っているかによって、まるで違う結果になります。

たとえば、部下との対話を増やす「一対一の面談」を導入したとします。

リーダーの前提が、
「この部下には問題がある。問題点を見つけて直さなければならない」
であれば、面談は部下の欠点を探し、改善を迫る時間になります。

一方で、
「この人の中には、まだ活かされていない力がある。今起きていることも、その力が現れるための大切な過程かもしれない」
という前提であれば、同じ面談でも、本人の想いや可能性を聴き、一緒に未来を考える時間になります。

面談という「やり方」は同じです。
でも、そこに流れているものは、まったく違います。

施策や方法そのものは、いわば器です。
その器に何が流れ込むかを決めているのが、使う人の前提です。

同じ制度を導入しても、「社員を信用できない」という前提から使えば、管理と監視が強くなります。
「一人一人の力を活かしたい」という前提から使えば、支援と対話が増えていきます。

だから、方法を変え続けても、前提が変わらなければ、結局は同じ結果が繰り返されます。
新しい施策に変わったようでいて、根っこでは同じ観方、同じ関わり方、同じ組織が再生産されているのです。

前者では、部下は「自分は問題のある人間として見られている」と感じるでしょう。
後者では、「自分の可能性を信じてもらっている」と感じるでしょう。

人は、言葉だけを受け取っているわけではありません。
その言葉の奥にある、相手の観方や心の向きまで感じ取っています。

「自由に意見を言ってほしい」と言いながら、リーダーが「余計なことを言うな」と思っていれば、社員はそちらを感じ取ります。

「失敗しても大丈夫」と言いながら、内心では失敗した人を低く評価していれば、社員は挑戦しません。

「社員を大切にする」と掲げながら、社員を問題を起こす存在として観ていれば、その前提は日々の判断や態度に現れます。

何か手法や施策に取り組んでも、前提が間違っていれば、観方、考え方、言葉、判断、行動のすべてが、その前提の方向へ向かっていきます。

その結果、同じところをぐるぐる回ってしまう。

それどころか、問題と同じ次元にとらわれ、かえって状況を悪くしてしまう。

組織を変えるために、何をするか。
それを考えることは大切です。

でも、その前に問わないといけないことがあります。
わたしたちは、どのような前提から、それをしようとしているのか。

「問題をなくすため」に行うのか。
「よりよい未来を生み出すため」に行うのか。

このわずかな違いが、実は組織の空気も、人の心も、そこから生まれる結果も大きく変えていきます。

この「観方」のさらに奥にある根本的なこと

では、なぜわたしたちは、問題ばかりを観てしまうような観方に、いつのまにか立ってしまっているのでしょうか?
より根本にあることは何なのでしょうか。

それは、

「良い出来事はよいこと。問題は悪いこと」

という、わたしたちにとってあまりにあたりまえになっている前提です。

問題は悪い。
だから、早くなくさなければならない。
問題を起こした人を直さなければならない。
問題の原因を取り除かなければならない。

この前提に立った瞬間から、わたしたちの目は「悪いもの」を探し始めます。

そしてそんな前提は、わたしたちが投げかける「問い」まで決めています。

「誰が悪いのか」「何が足りないのか」「どうすれば二度と起こさずに済むのか」と問えば、意識は欠点、不足、危険へ向かいます。
反対に、「この出来事は何を知らせているのか」「ここから何を学べるのか」「本当はどのような未来をつくりたいのか」と問えば、意識は意味、学び、可能性へ向かいます。

問いの違いなんて一見するとささいなものに思われるかもしれない。
でも、どんな問いを発するかで、「問いによって拓かれる未来」はまるで変ってきます

その問いによって会議で集まる情報も、社員同士が交わす言葉も、選ばれる行動も変わります。やがて「問題の多い会社」という自己認識を強めるのか、「どんな出来事からも学び、良くなっていける会社」という自己認識を育てるのか。その分岐点にまでなるのです。

人間の意識は、向けたところをますます見つけ出します。

社員の問題を観ようとすれば、社員の足りないところが次々に見えてくる。
組織の停滞を観ようとすれば、動いていないことばかりが見えてくる。
会社の危機を観ようとすれば、危険な材料ばかりが集まってくる。

もちろん、それらは事実の一面です。

しかし、一面でしかありません。

失敗した社員の中には、その失敗から本気で学ぼうとしている姿もあるかもしれない。
停滞して見える組織の中にも、次の一歩を探している小さな動きがあるかもしれない。
厳しい経営状況の中にも、これまで見過ごしてきた本当の価値を見つける機会があるかもしれない。
ところが、問題を問題としてだけ観ていると、それらが見えません。

目の前の現象に振り回されているからです。

売上が上がれば安心し、下がれば不安になる。
社員が期待通りに動けば信頼し、動かなければ疑う。
よい報告があれば明るくなり、悪い報告があれば空気を重くする。

外の現象が、自分たちの心や判断を決めている状態なのです。

よく「現実を見なければならない」と言われます。

その通りでしょう。

しかし、現実を見ることと、問題ばかりを見ることは同じではありません。

問題ばかりにフォーカスすることを「現実主義」と呼ぶならば、それは現実の一部にとらわれた、むしろ狭い現実主義ではないでしょうか。

アインシュタインの言葉としてよく紹介されるものに、
「問題は、それを生み出したのと同じ思考の水準では解決できない」
という言葉があります。

問題を問題として観て、その問題の中だけで原因と対策を探し続ける。
それは、問題と同じ次元にとどまりながら、何とかそこから出ようとしているようなものです。

池の中に落ちて、池の水を一生懸命かき回しながら、水をなくそうとしている。
深く澱んだ池から、目に見える澱みを、お玉でひとすくいずつ取り続けている。

それでは、いつまでたっても終わりません。

必要なのは、問題の中でより上手に動くことではなく、問題を観ている自分たちの地点そのものを変えることです。

問題を悪いものとして観る地点から、

「この出来事は、何をよりよくしようとして現れているのだろう」

と観る地点へ移る。

目の前の現象だけではなく、
未来、希望、可能性の方から、いま起きていることを観る。

すると、同じ出来事の意味が変わります。

問題が消えたわけではありません。
現実を否定したわけでもありません。

わたしたちと問題との関係が変わったのです。

そして、問題との関係が変わったとき、問題はすでに、以前と同じ問題ではなくなっています。

究極の問題解決とは?

極論のように聞こえることを、あえて言います。

究極の問題解決法は、

「そもそも問題はない」

という前提に立つことです。

誤解のないようにしたいのですが、これは、起きている事実を見ないことではありません。

不正やハラスメントや重大な事故まで「よいことだから放っておこう」と言うことでもありません。
必要な対処、責任、改善を曖昧にすることでは、まったくありません。

事実は、事実として、まっすぐ観る。
必要なことには、速やかに、真摯に対処する。
そのうえで、その出来事を「悪い問題」という箱の中に閉じ込めない、ということです。

あるのは、出来事です。
あるのは、いまの状態です。
あるのは、よりよくなるために向き合うテーマです。

それを固定された「問題」として観るか、未来へ向かう途中に現れた「知らせ」や「機会」として観るか。
その意味を決めているのは、出来事そのものだけではなく、わたしたちの側なのですね。

わたしたちの内にこそ、わたしたちは本来の基準を持たなければならないのです。

「すべてよいこと」という前提は、何でも無理やり肯定することでも、つらい気持ちにふたをすることでもありません。

「この出来事も、必ずよりよい未来につなげることができる」
「いまは意味がわからなくても、この中には次へ進むための何かがある」
「人も組織も、この出来事を通して、さらに本来の力を現すことができる」

そう定めることです。
いわば、出来事の評価ではなく、自分たちの向きを定めることです。

前提を変え、組織を変え、目指す未来へと現実を変えていく

では、組織の中で、どのようにこの前提に立てばよいのでしょうか。

大切なのは、無理やり「よかった、よかった」と言い聞かせることではありません。
まず、起きた事実と、自分たちがつけている意味を分けて観ることです。

売上が下がった。退職者が出た。お客様から苦情をいただいた。
そこまでは事実です。

しかし、「もう駄目だ」「あの人が悪い」「この会社には力がない」というところから先は、事実そのものではなく、わたしたちが出来事に与えた意味です。

次に、不安や悔しさや悲しさも、そのまま認めます。
「すべてよいこと」とは、感情を押し殺す言葉ではありません。痛いものは痛い。残念なものは残念です。その気持ちを丁寧に受けとめたうえで、そこに居続けず、もう一度、自分たちが目指す未来へ顔を上げるのです。

そして最後に、未来の方から、いま必要な行動を選びます。
問題を怖れて縮こまるための行動ではなく、よりよい組織を生み出すための行動です。
厳しく伝える必要があるなら厳しく伝える。
仕組みを変える必要があるなら変える。責任を明確にする必要があるなら明確にする。
ただし、そのすべてを「悪いものを排除するため」ではなく、「本来つくりたい未来へ進むため」に行います。

まず、問題が起きたときに、「何が悪いのか」だけで終わらないことです。

「この出来事は、わたしたちに何を知らせているのだろう?」
「これをきっかけに、何を以前よりもよくできるだろう?」
「本当は、どのような組織になりたいのだろう?」
「この人の中に、まだ活かされていない力は何だろう?」
「一年後、この出来事があってよかったと言えるとしたら、何が実現しているだろう?」

そんな問いを、リーダーが投げかけてみる。

問いの向きが変われば、意識の向きが変わります。
意識の向きが変われば、見えるものが変わります。
見えるものが変われば、言葉や行動も変わります。

問題の責任者探しをしていた会議が、未来をつくる会議へ変わる。
社員の欠点を直そうとしていた育成が、その人の可能性を育てる支援へ変わる。
失敗を防ぐための管理が、安心して挑戦し学べる仕組みづくりへ変わる。
売上低下への焦りが、お客様に届けたい本当の価値を問い直す機会へ変わる。

そして何より、リーダー自身が、目の前の現象に振り回されないことです。

問題が起きた瞬間に、不安や怒りが湧くことはあります。
わたしにもあります。
心が揺れること自体は、問題ではありません。
その揺れのまま、「これは悪いことだ」「誰が悪いのだ」と決めないこと。

一度、立ち止まる。
ふーっと深呼吸する。
そして、自分たちが本当に観たかった未来へ、心の向きを戻す。

「この組織を、どのようにしたいのか」
「この人たちと、何を生み出したいのか」
「わたしたちは、何を大切にする会社でありたいのか」

問題ではなく、未来を観る。
欠点ではなく、可能性を観る。
恐れではなく、希望の方を観る。

その地点に立ったリーダーの言葉は、自然に変わります。

表情も変わります。
会議の空気も変わります。
社員たちが感じる安心感も変わります。

「大変だけれども、これをみんなで越えたら、もっとよい会社になる」
「誰かを責めるためではなく、次を一緒につくるために話そう」
「いまある力を持ち寄れば、きっと新しい方法が見つかる」
「この出来事を、わたしたちの成長の機会にしよう」

そんな言葉が交わされる組織では、人の心は未来へ向かいます。

未来や希望や可能性を観ているため、雰囲気が明るくなる。
雰囲気が明るいから、意見が出る。
意見が出るから、知恵が集まる。
知恵が集まるから、行動が生まれる。
行動が生まれるから、現実が変わっていく。

単なる気持ちの持ちようではありません。
どこを観るかが、組織の情報、対話、判断、行動のすべてを変え、結果として現実を変えていくのです。

さいごに~いい人生を観よう

組織には、さまざまな出来事が起こりますよね。


うれしい成果もあれば、思いもしなかった失敗もある。
心が一つになるときもあれば、互いの気持ちが離れるときもある。
大きく伸びる時期もあれば、何をしても動かないように感じる時期もある。


でも、本当の問題は、外にあるのではありません。
問題を問題としてしか観ることのできない、わたしたち自身の内にあるのです。

だから、組織を変える第一歩は、外側の問題を何とかすることよりも先に、自分たちの観る地点を変えることだと、わたしは切実に感じます。


いま、あなたの会社で起きているその出来事。


それを、ただの悪い問題として終わらせますか?

それとも、

「この出来事から、わたしたちはもっとよくなれる」

と定めますか?


わたしたちは、何を観る組織でありたいのでしょうか。


わたしならば、
どんなときでも可能性を観たい。
夢、希望、目指す未来を観たい。


だって、わたしたちはいい人生のために生きている。


やっぱり、自分も出会う人たちも、あなたにも。
いい人生、よりよく充実した人生を生きてほしい。


心からそう思います。

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